第4回目の本稿では、海外で事業を行う場合の留意点としてよく挙げられる汚職に関する法規制について、マレーシアではどのような法規制が制定されているかについて解説いたします。

1 概要
マレーシアにおいては、汚職について、マレーシア汚職行為防止委員会法(Malaysian Anti-corruption Commission Act(以下、「MACC法」という)、2009年)、刑法(Penal Code、2015年)、投票犯罪法(Election Offence Act、1958年)及び関税法(Custom Act、1967年)の4つの法律において主に規定されています。以下、この順序に従い、それぞれの法律について解説します。

2 MACC法
(1)概要
MACC法には主に4つの類型の汚職が存在します。以下、賄賂の定義について言及した上で、当該4つの類型について解説します。

(2)賄賂の定義
賄賂の定義は、MACC法3条に規定されており、同条での定義は広く、日本の刑法における賄賂の定義すなわち人間の欲望を満たす一切の利益と同様であると解される。例えば、役職のあっせん、栄誉欲を満たすこと、刑罰の免除を約束することや条件付きの贈与なども含まれる。

(3)4つの類型
ア 収賄罪及び贈賄罪(MACC法16条及び17条(a))
ある者に契約履行などを行わないことをさせるため又は義務のないことをさせることに、金銭を渡す又は受領することは汚職の罪を構成する。

イ 贈賄罪(MACC法17条(b))
本人の業務を不正に行い、又は不正に行わないことに関して、代理人に対し、賄賂を送ったときは、汚職の罪を構成する。

ウ 代理人による本人に対する詐欺(MACC法18条)
代理人が、本人に対し、本人を騙す目的で、内容が誤ったレシート、帳簿又はその他の書面を送ったときは、汚職の罪を構成する。つまり、構成要件は、
➀本人が、利害関係を有するレシート、帳簿又はその他の書面が使用されたこと
②その書面に虚偽の内容が含まれていること
③その書類が、本人を欺罔する目的で提出されたこと及び
④被告人に欺罔の意図があったことである。

エ 役職を利用した収賄罪(MACC法23条)
公務員が、賄賂を得るために、自分の役職を利用したときは、汚職の罪となる。

3 刑法
(1)公務員の行為にのみ適用される条項
ア 公務員が、その公務に関して、合法な報酬以外の賄賂を収受したときは、3年以内の懲役又は罰金又はその両方が科せられる(刑法161条)。
イ 公務員が、汚職的な方法又は非合法な方法により、自分以外の公務員に影響を与える目的で、賄賂を収受したときは、3年以内の刑又は罰金又はその両方が科せられる(刑法162条)。
ウ 公務員が、個人的な関係に基づく影響を与えるために賄賂を収受したときは、1年以内の懲役又は罰金又はその両方が科せられる(刑法163条)。
エ 公務員が、他の公務員を教唆して、上記の条項に該当する行為をさせたときは、3年以内の刑又は罰金又はその両方が科せられる(刑法164条)。
オ 公務員が、約因がないのに、公務員によって行われる手続き又は処理について利害がある者から賄賂を受領したときは、2年以内の懲役又は罰金又はその両
方が科せられる(刑法165条)。

(2)全ての者に適用される条項
ア 刑を免れさせるために犯罪者から贈り物をもらうこと(刑法213条)。
イ 犯罪者を蔵匿するために贈り物を提供し又は財産を返還すること(刑法214条)。
ウ 盗品を回復するのを助けるのに贈り物を受領すること(刑法215条)。

 

4 選挙犯罪法
選挙犯罪法10条は、選挙の事前、最中又は事後にされた賄賂罪について規定している。例えば、ある者が選挙人に対し、特定の投票をするよう勧誘し、又は投票しないよう勧誘するために金銭その他の価値物を贈与し、又は贈与を約束することが賄賂剤になると規定する。その場合、2年以内の懲役及び1,000リンギット以上5,000リンギット以下の罰金が科せられる。

 

5 関税法
税関職員又はその他密輸入防止のために適切に雇用された者が、その職務を放棄することに関し、賄賂を収受し、賄賂の収受を約束し、又は賄賂を要求したときは、5年以下の懲役又は1,000リンギット以下の罰金又はその両方が科せられる(関税法137条(b))。

 

6 有名な事件
マレーシアでは、汚職に関する事件が無くならず、有名な事件としては、
(1) 1MDB汚職事件
(2) FELDA事件
(3) ペナン海底トンネルプロジェクト事件
(4) The National Feedlot Corporation事件
(5) 国際貿易産業省大臣の許可疑惑事件
などが存在する。

 

7.おわりに
以上のとおり、MACC法は贈収賄に関する処罰対象行為を広範に規定しており、マレーシアにおいても、他の先進国と同様に政府の職員等と接触する際には細心の注意が必要であり、社交的儀礼行為についていかなる範囲の行為が除外されるか等を慎重に見極める必要があるといえる。なお、マレーシアにおける贈賄行為であっても、日本の不正競争防止法、英国の贈収賄法及び米国の海外腐敗行為防止法の適用があり得ることについても留意が必要である。

 

<筆者紹介>
堤 雄史(つつみ ゆうじ)TNY Consulting (Malaysia) SDN.BHD. 共同代表取締役兼弁護士(日本)
東京大学法科大学院卒。ミャンマーのSAGA国際法律事務所(http://www.sagaasialaw.com/)代表、タイのTNY国際法律事務所(http://www.tny-legal.com/)共同代表。マレーシア法、タイ法及びミャンマー法関連の法律業務(契約書の作成、労務、紛争解決、M&A等)を取り扱っている。
HP:http://tnygroup.biz/index.html

問い合わせ先:yujit@tny-legal.com

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